2017年10月9日月曜日

彼がどのように宣言しようとも

レーニンが権力を求めた国では、伝統的に大衆など統治者にとっては足元の泥同様の無価値な存在だった。
ほんのすこしだけ時は流れたけれど、我が国で権力を求める人々の心情は・・・・人の心など解るはずもないけれど。かれらの言葉はひとをいらつかせる。うつくしくない言葉、文脈、音色・・・聴き取ろうとするものを、私を、いらつかせる。

2017年9月17日日曜日

『世界現相は、森羅万象、悉く「意味」を”帯び”た相で現前する。

各々の現相は、その都度すでに、単なる「所与」以上の「或るもの」として知覚される。』・・・
さっぱり理解できない。これが出発点だという。これが問題提起なのだと・・・さっぱり意味がわからない。そう思った。なのにかっこいいと思ってしまった。理解できないからかっこいいとはおかしな話ではあるけれど。そう思ったのだ。むかし、むかしのこと、これがきっと深入りするきっかけになった言葉のひとつだ。

2017年9月8日金曜日

どしゃぶりの雨のなか、右折して公園前の道を北へ向かった。

市営バスとすれ違った。2車線の狭い道だ。けれど中央駅前のときどき渋滞をおこすこの道なくしては交通のシステムはくめない・・・はずだ。その道をとても狭く感じたのは、買い物の帰りだったせいではない。ぼくはこの道で、井上洋子と偶然にあったあの場面を思い出していた。あれは、夏だった。暑かったのかどうかは覚えていない。ただ、何も言えなかった。話せなかった。若かったのだ。純情だったのだ、互いに。とても。

2017年9月6日水曜日

むかしむかし

むかしむかし。謄写版というのがあったなあ。ガリ版の文字の得意な活動家がいて、どんなにうまく印刷したつもりでも、そこかしこをインクで汚していたものだ。鉄筆やガリ版はどこに行ってしまったのだろう。押し入れのすみの古い段ボール箱の中にひょっとすると紛れ込んでいるかも知れない。

2016年1月28日木曜日

思い出すのはあの風景だ。

懐かしい建物がアニメ化されていた。中央大学だ。サークル棟だ。現詩研だ。あかいとりだ。

2015年9月8日火曜日

僕は上野駅で若狭を見送った

映画のようだった。くさいドラマのようだった。
時任君は僕の人生の中で全てにおいて僕より優秀だった。勉強もできたし運動神経も抜群だった。歌も上手く人望も厚く人気があった。
今。僕は彼の消息を知らない。どうしているか全く知らない。あえて言おう。興味がないのだ。彼はある時期を過ぎて何の意味もない人物となった。消えてしまったのだ。そして少しも惜しくない。消去したDATAは完全に消去しておかねば容量を維持できないのだ。
若狭はいまだに僕の人生の中に存在している。生きている。もちろん彼自身も生きている。

2014年10月12日日曜日

冲方丁という人物

小説家だと考えていた。ごく普通の小説を書く人物だと思っていた。言い切ってしまえば並の作家だと思っていた。活動範囲の広い人だと知ったのは最近だ。評判からではなく。作品の制作者の一人にその名前を自分で発見して驚いたのだ。注目しなければならない。彼はこちらの媒体の方が自由に動いている気がする。表現の深さがあると思う。